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 “引退試合”と心に決めていた。11月13日、タマスタ筑後で行われた12球団合同トライアウト。阪神から戦力外通告を受けた西田は、歩んできた道のりを思い返し、打席にゆっくり歩を進めた。

 「両親、知り合い、友達…今まで支えてくれた人を呼びました。みんなに最後にユニホーム姿を見せたかったので」。現役続行への望みをつなぐというよりも、プロ7年間の感謝を示す場にするつもりだった。

 1打席目。直球を振り抜いた右中間への打球は、フェンス直撃の二塁打に。持ち味のバットコントロールを生かしての快音。「最後に1本出て、恩返しはできた気がします」と、納得できた。

 もっと多く、こんな光景を見せたかった。スタンドには父・正哉さんの姿があった。13年12月、突然、病に倒れてしばらくは車椅子での生活を余儀なくされた。「本当に死ぬと思って…倒れた時は、めっちゃ泣きました」。14年3月21日、1軍に昇格して出場したオリックスとのオープン戦を正哉さんが観戦。息子が打席に立った時、正哉さんは車椅子から立ち上がって声を張った。「直斗の時だけ立って見てもうたわ」。プレーで父を元気にする…。自分が何をすべきか再認識した。

 正哉さんはプロ入り時から、2軍戦に駆けつけ客席から打席の様子をビデオで撮影。野球を始めた頃から続く父の日課は、姉・侑香さんが引き継いだ。いつも家族が力を合わせて、サポートしてくれた。トライアウト後、ユニホームを着たまま、球場の外で待っていた家族の元へ向かった。

 正哉さんの目を見て「今までありがとう」と伝えた。「家では僕は静かで、しゃべらないんですけど、久しぶりにお父さんの顔を見てありがとうと言えた。お母さん(芽生さん)も、お父さんの世話で最近はほとんど球場に来られなかったので、久々に僕が打った姿を見たんじゃないですかね」

 1軍ではわずか2打席で無安打も「1軍もほとんど経験してないので、まだプロで…とかはなかった。すっきりした気持ち」と悔いはない。「ずっと2軍でしたけど、育成選手も、トライアウトも経験できた。いろんな人と出会えた。この経験を生かしたい」。今後は、野球とは別業界での挑戦も考えている。プロ野球人生で手にした“財産”は少なくない。 (遠藤 礼)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181201-00000079-spnannex-base




【この記事への反応】

・野球だけが人生じゃない。応援してます。

・ プロになれたことを誇りに思って第2の人生頑張ってほしい

・鳴尾浜ちょいちょい観に行ってた時も、よう声出して頑張っとったもんな。
残念やな、厳しい世界やプロは・・・
これからの人生のが長いし、プロになれたことは誇りに思って頑張れ!西田!

・こういう記事を見ると安易に選手の批判は出来ないと思う

・プロって本当に厳しい世界ですね。

・この話、例の年末の番組で視たいな(涙)

・お疲れ様です






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    コメント

    1. 1 名無しの猛虎魂さん 2018年12月02日 21:46 id:Fk986WF10
      おつかれさんやで西田
    2. 2 名無しの猛虎魂さん 2018年12月02日 21:58 id:ttrmxcne0
      高校の時知らんけど良かったん?
    3. 3 名無しの猛虎魂さん 2018年12月02日 21:59 id:O8zYe3Wz0
      プロ野球で輝けるのはほんの一握りなんだと改めて思う
    4. 4 名無しの猛虎魂さん 2018年12月02日 22:01 id:f6Z6mnAC0
      この経験が人生においていい糧になるんだろうな
    5. 5 名無しの猛虎魂さん 2018年12月02日 22:33 id:DU93u9Nn0
      高校時代は凄かったよ
      2年次の選抜で見たけど、当時3年生だった江村より良く見えたんやがなあ
    6. 6 名無しの猛虎魂さん 2018年12月02日 23:49 id:fbSyrhSg0
      結局ファームですら良い成績残せなかったから仕方ないな
    7. 7 名無しの猛虎魂さん 2018年12月03日 06:41 id:Dr1OulIc0
      西岡って引退決断したんだ、と思ったら西田か
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