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 【内田雅也の広角追球】星野仙一は「夢」という言葉が好きで、サイン色紙などによく書き添えていた。永眠してから1年。今ごろも泉下で、何か夢見ているのかもしれない。

 阪神監督として18年ぶりのリーグ優勝に導いた2003年秋に出した著書は、その名も『夢 命を懸けたV達成への647日』(角川書店)だった。「プロローグ」に「夢」が好きだと記したうえで書いていた。

 <むずかしい、不可能だと思われることに挑戦していくチャレンジ精神。二流の選手やったから、そうやって自分を鼓舞してきたんやね>。

 謙遜もあろうが、確かに、星野は中日での現役14年で通算146勝、34セーブと目を引く成績ではない。2017年1月に野球殿堂入りを果たしたのは「エキスパート部門」で、監督としての手腕も含めて評価されたものだ。監督通算17年で1181勝、中日、阪神、楽天で計4度の優勝に導いた。

 「プロローグ」の最後は、こう締められていた。<そしたらこの間、監督室に、タイガースファンで有名な書家の成瀬國晴さんから一幅贈っていただいて、開けたら「夢は正夢」って描いてあった>。

 成瀬が贈った書画は自身が出した画集『夢は正夢――阪神タイガースの20年』(たる出版)の表紙にも使われた。今見返せば、その書も、胴上げシーンのイラストも迫力に満ちている。

 書画にあるように、星野が持っていたのはつまり、「正夢」にする力だと言える。夢を描く力に優れ、さらに夢を夢のままで終わらせない、実現させる力が相当だった。

 どうも、阪神の優勝には「夢」がついてまわるようだ。1962(昭和37)年、2リーグ制となって初の優勝に導いた監督・藤本定義は夢で優勝を暗示されていた。

 62年2月1日発行の月刊誌『ベースボール・マガジン』(ベースボール・マガジン社)に<藤本監督がみた“阪神―東映”日本シリーズの夢>と題した「特別レポート」があった。

 61年の年末12月28日、藤本が担当記者を招いての忘年会が開かれた。杯を重ね、藤本が「きのうね、楽しい夢を見たんだ」と打ち明けたそうだ。

 「甲子園球場でうちと東映(現日本ハム)が選手権(日本シリーズ)を争う夢なんだ。ところがその結果がわからんうちに女房に起こされてね。(中略)おミズ(東映・水原茂監督)の緊張した顔が実に鮮明に出た夢だった」

 実際に同年の日本シリーズで阪神は東映と対戦する。藤本にとって水原茂は巨人監督時代の選手だった。

 記事に<この話題は、はっきりと藤本監督が優勝を意識していることを物語っている>とあった。夢を描いていたのだ。

 藤本は優勝への手応えをつかんでいた。61年6月6日、シーズン途中で金田正泰に代わりヘッドコーチから監督に就任。4位でシーズンを終えたが<後半のペースは、優勝ペースであった>と著書『覇者の謀略』(ベースボール・マガジン社)にある。藤本は選手たちによく言った。

 「おい、これが優勝ペースだ。ことしはもうしょうがないが、この味を忘れるな。来年もこれを持ちつづけていけば優勝できるのだ」

 自信を得た小山正明や村山実ら選手たちは62年が明けると「早く練習をやりましょう」とけしかけた。1月11日から甲子園球場で合同トレーニング、15日からは高知市でバッテリーキャンプを行った。

以下、全文を読む
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190107-00000066-spnannex-base

 




【この記事への反応】

・146勝は十分すごいと思うが

・矢野監督になってどこまで変われるかに期待。

・そろそろ優勝する頃やと思ってる

・「夢」じゃない、優勝するのは現実の事だぜ・・・・・・

・星野仙一が永眠して1年
一念発起して優勝目指せ
他の球団と競争だ
闘争心を忘れるな