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 1935年の球団創設から84年。阪神には85年の日本一や、暗黒時代など多くの歴史がある。時代のシンボル的な存在を支えた人たちが、当時を振り返る企画「あの時は…」。第1回は、05年に鉄壁のリリーフ陣「JFK」とともにリーグ優勝に貢献した「SHE」の一員、江草仁貴氏(38)です。球団タイ記録のシーズン87勝を挙げた強さの理由を振り返ってくれました。

 05年はすごく居心地のいい雰囲気で戦っていました。ブルペン陣も全員がすごく仲がよかったです。

 強い時は勝っているということなので、どうしてもJFK(ウィリアムス、藤川、久保田)の登板が増えてしまう。他の試合でいかに休ませるかというのをチームは考えていたと思います。接戦で負けている時とかにJFKを登板させなくても、SHE(桟原、橋本、江草)でカバーできたらなという思いはありました。

 ブルペンでは、野球の考え方や球種の握りなどを、お互いに教え合っていました。僕は05年に初めて1軍に定着して、フルでやったのも初めて。いろんな人に聞きながら助けてもらいました。

 基本的にみんなが抑えてベンチに帰ってくる。こっちも負けないようにという意識で投げていました。「抑えるのが当たり前」というようないい循環で回っていましたね。

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https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190409-00000028-dal-base

 




【この記事への反応】

・江草が広島のころ、制球定まらないピッチャーが投げてるときに北別府さんが、「この場面江草を」って言ってたのを思い出すよ。
第二の人生も頑張ってください。

・当時のブルペンは中西コーチの発案で出て行く選手をブルペンの選手が拍手で送りだしたりジェフがミサンガ作ったりで雰囲気が良かった
江草が投げる時はテンポが速くてCM明けでツーアウトになってる時もあった気がします。
それとファームで狩野と対戦した引退試合は今でも感動が甦ってきます

・江草って本当は先発向きだったと思うんだよね。テンポ早くポンポン投げるから。榎田のように今の西武だったら結構勝てたんじゃないかなーって思う。

・江草はワンポイントから敗戦処理、ロングリリーフ、谷間の先発などこんなに使い勝手の良い投手は中々いなかった。地味だけど阪神ファンからの信頼は厚かった

・05年のブルペンは本当に充実してた。SHEにJFK、渡辺もいたりと先発は5回まで試合を作ってくれればOKだった。あの頃は見ていて面白かったな。

・この投手はもっと勝てたと思う…

・江草と渡辺。先発が3回持たずKO後登板して、その後に大逆転して勝ちが転がり込むシーンが多々。

・江草はもう少し頑張れたと思う
指導者として成功して

・江草は頼りになったなぁ。
阪神でも西武でも広島でも愛された男。

・起用というか、左なのにどんな場面でも投げられたからな
便利すぎて、監督が便利屋みたいな使い方してたな
左投手ってわりとエンジン暖まるまで時間かかったり、あちこち荒れたりとかわりと使いづらいのよね
ワンポイント専門の中継ぎに特化した左投手もいるけどそんな投手は長いイニング投げられないしほんと便利なんだよな