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 阪神・矢野監督が、恩師の他界を悼んだ。17日に死去した元中日監督の高木守道氏(享年78)には、プロ2年目から4シーズン指導を受け「試合によく使ってもらったしね。急なことでビックリした」と神妙な表情。

 「打撃練習も実際、自分が打って教えてくれて。引退して何年たってたやろな。置きティー打撃やけど、ボールだけクリーンにカーンって打って」と技術に驚嘆したという。「勝負に対する熱い思いも持った監督さんだった」と別れを惜しんだ。



 



【この記事の反応】

・矢野さん入団時はプロの投手の球をうまく捕球できなくて、なんでこんな捕手獲ったんだと言われたそうです。
そこから大変な努力をして一軍を掴み獲った矢野さんのことを、たぶん高木監督も目にかけていたのではないでしょうか。
高木監督と出合っていなければ、もしかしたら今の矢野監督もなかったかもしれませんね。

・中村が正捕手だったので、2番手の捕手だが、外野をやったりもしたので、高木監督からしたら、貴重なサブだったと思う。

・物心ついた頃から矢野さんは阪神のイメージしかないけど、最初は中日だったんだよねー。
阪神で選手生活を終えてくれて、さらには阪神の監督になってくれて本当に嬉しい限りです個人的に。

・レジェンド山本昌さんが言ってたけど伝説の10,8決戦で敗れたドラゴンズの守道さんは1人足早に監督室へと戻り辞意を固めていた。そこに選手が押し掛け「来年必ずやり返しましょう」と辞意を翻意させる言葉を掛けたって言ってた。
そこまで選手に慕われる監督って凄いですよね。
謹んでお悔やみを申し上げます。

・甲子園の阪神VS中日を現地観戦していた際にちょうど中日がこの高木監督だった時、この矢野がセンターを守っていたのが妙に印象深い。高木も矢野を外野手として、というのを考えていたのだろうか。

・選手と同じ目線で 野球に取り組んだ方 ^^
それを矢野が実践している ~

・中村武志さんという正捕手がいたものの、高木さんはけっこう矢野さんを使っていたイメージがありますからね。

・中日時代の矢野さんは、阪神戦に強かった印象がありましたね。

・高木守道さんと矢野監督が絡んでいた印象が無かったのでびっくり。

・今年は阪神が優勝せなアカン
守道さんも見守っとるで



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