1: 2016/12/04(日) 16:27:33.83 ID:CAP_USER9
社会人野球で好成績

2005年10月、的場寛一は阪神タイガースから戦力外通告を受けた。
翌2006年、トヨタ自動車に入社、硬式野球部でプレーすることになった。

トヨタ自動車硬式野球部は、1947年創部の歴史ある社会人チームである。
元東京ヤクルトスワローズ監督の古田敦也、的場にとっては阪神時代の同僚に当たる安藤優也などを輩出していたが、強豪社会人チームがひしめく東海地区の中では、くすぶった存在であった。

そのトヨタ自動車は的場の加入以降、2007年、08年、10年の日本選手権で優勝。2009年の都市対抗野球では準優勝という好成績を残している。
2010年の日本選手権では的場は打撃賞、大会優秀選手にも選ばれている。

社会人選手に囲まれ、改めて自分がいたプロ野球との違いを的場は思い知った。

「プロに行けそうな人間とそうでない人間はだいたい分かる。すごいぼんやりした表現なんですけれど、センスが違うんです。
例えば、ピッチャーのバント処理。教えなくてもささっとボールを拾って、野手のように身体が使えるのがセンスのいい選手。
野手でも、ボールを獲った後、軽くふわっと、綺麗な回転で投げられるのと、そうでない人間がいる。
相手が獲りやすいボールを投げる子はセンスがある。ボール扱いのセンスと言うたらいいんですかね」

内野手の前にボールが転がってくるとする。ボールをグローブで捕球、利き腕で握る。
プロの内野手は、握った瞬間にボールの縫い目を感じることが出来るという。

「もちろん余裕があるときは投げやすいように握り直します。ただ、すぐに投げないといけないときもありますよね。
この縫い目でそのまま投げたらスライダーみたいな回転になる。ファーストが獲りにくいというときは、敢えてシュート回転で投げたりする」

転がったボールを拾って、わしづかみのような形で送球しなければならないこともある。そうした際は、腕の振りで回転を調節する。

「野球の試合運びはゆっくりですけれど、水面下では素早い判断が要求されるんです。
判断のために、色んな情報を頭に入れておかないといけない。ランナーがどこにいるのか、あるいは打者の足の速さ。
一瞬、一瞬のプレー、ちょっとしたプレーで試合の流れが変わることがある。だから細かなプレーをおろそかにしてはならない」

そんな風に考えられるようになったのは、自由契約になったぐらいのときでした、と的場は自嘲気味に言った。


http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161204-00010002-baseballc-base
ベースボールチャンネル 12/4(日) 16:00配信

 

2: 2016/12/04(日) 16:28:05.73 ID:E3YM4Toi0
出ぬ杭は猛虎魂ナシ

3: 2016/12/04(日) 16:28:34.60 ID:CAP_USER9
胸に響いた、下柳剛からの一言

「(入団したときの)野村(克也)監督はそういうことを言っていたんかなと思うこともありますよ。
肩を脱臼してクビになったけど、元気やったら客観的に野球を見られるプレーヤーになっていたでしょうし、また違う野球を楽しめたんかなと思うことがありますよ」

かつての自分にアドバイスできるとすれば、どんな言葉をかけるかと訊ねてみた。

「目先の結果に一喜一憂するなということですかね。バッターは打っても所詮3割。7割は駄目なわけです。
悪いときでも諦めず粘ること。100点か0点じゃなくて、悪いときでも50点を取れるようにする。するといい時には100点が120点になる」

的場が戦力外通告を受けるきっかけになったのは、2005年3月に自分のふがいなさに苛立ち、グローブを叩きつけて肩を脱臼したからだ。
その後、鳴尾浜のグラウンドでリハビリしていたとき、居合わせた下柳剛からこう言われたという。

――もうちょっとプロになれよ。

「下柳さんの言葉が凄く響きましたね。あの人は一線で何十年もやってきている。一喜一憂するのはプロじゃない。
一喜一憂しているから、グラブを投げつけてしまうんです。それに気がつくのが少し遅かった。
ただ、トヨタ自動車に入ってからは、その経験が生きた。アマチュアの選手って一喜一憂するんです。
ぼくは目の前の結果よりも波を作らないことを意識していました」

「ドラフト1位という、いい経験をさせてもらった」
 2012年、的場は社会人選手として現役を引退。一般社員としてトヨタ自動車の運動部の運営に携わることになった。
その後、2014年7月から「アンダーアーマー」を扱う「ドーム」に転職している。

きっかけは阪神タイガースの後輩、喜田剛だった。喜田は阪神、広島、オリックス、ベイスターズと移籍した後、ドームに入社していたのだ。

「ぼくが丁度、山ほど仕事を抱えて、うわーっ、しんどいなと思っていたときでした。喜田はアンダーアーマーベースボールハウスというところで子どもに野球を教えていた。
それで様子を見に行くと、ああ楽しそうなやと。やっぱり野球にお世話になってきたので、なんか還元できたらええんちゃうかとずっと思っていたんですよね。
加えて、トヨタ自動車はもう完成された会社。ドームというこれから伸びていく企業にも興味があった。それで入社試験を受けました」

神奈川県川崎市にある、アンダーアーマーベースボールハウスの店長を経て、現在は直営店を管轄する「エリアマネージャー」として働いている。

「エリアマネージャーというのは簡単に言えば店長のサポート役。困ったことがあれば手をさしのべる。
直営店は都内だと原宿、そして川崎、札幌、心斎橋、福岡、名古屋にあります。週の半分ぐらいは出張で店舗回りしています」

大阪の心斎橋店でイベントの手伝いをしていたとき、客から元阪神タイガースの的場だと気がつかれたことがある。

「まさかここで会えると思わなかったと言われて。靴のイベントだったんです。
ぼくもこれ履いていていいですよと薦めたら、的場さんが言うならば買うわって言ってくださったんです。その瞬間、嬉しかったなぁ」

そう言うと、ぱっと輝くような笑顔になった。

最後にこう尋ねてみた。

阪神タイガースのような人気球団に逆指名1位で入ったことを後悔していないか。
もしプレッシャーの緩い他の球団に入っていれば、選手として成功していたと考えことはないか――

的場はぼくの問いに首を強く振った。

「それはたら、れば、でしょ。ドラフト1位という、いい経験をさせてもらったと思っています。精神的には動じなくなった。出る杭は打たれるけど、出過ぎた杭は打たれないって言うじゃないですか。
それはホンマやと思います。プロ野球というのは、出過ぎないとアカン世界なんです。でもぼくは出過ぎた杭になれなかった。実力がなかったんです」

阪神タイガースのドラフト1位だったから、こうして取材してもらえるじゃないですか。的場はそう微笑んだ。

4: 2016/12/04(日) 16:39:46.50 ID:nWDDvcfk0
>「下柳さんの言葉が凄く響きましたね。あの人は一線で何十年もやってきている。一喜一憂するのはプロじゃない。
一喜一憂しているから、グラブを投げつけてしまうんです。


こらww

15: 2016/12/04(日) 16:54:02.36 ID:AvcxMPwb0
>>4
よく気付いたな
田中秀太が言ったら最高なんだが

31: 2016/12/04(日) 17:35:52.76 ID:1PZQEFGJ0
>>4
本人は「あれは演技だ。」と言ってたけどどうなんかね。

5: 2016/12/04(日) 16:40:48.27 ID:eixqZHyy0
トヨタに戻れたのに仕事がキツくて辞めたと

6: 2016/12/04(日) 16:41:24.70 ID:BfJ+1Gr60
下柳といえばグローブ投げだろ

7: 2016/12/04(日) 16:41:45.31 ID:Akg0mnON0
的が外れた

10: 2016/12/04(日) 16:46:13.24 ID:0+V/d1vF0
大学リーグってレベル低いんだろうか?あれだけ活躍したのにね

18: 2016/12/04(日) 17:05:46.74 ID:shUsy0E60
>>10
低くはないだろうけど1年中野球してるわけでもないからね
大学時代突出してた選手もプロ入り後に大学オフシーズンの季節感になると成績が落ちる

12: 2016/12/04(日) 16:46:54.26 ID:OtQIhZD90
下柳だけは言ってはいけないセリフだろw

14: 2016/12/04(日) 16:50:39.02 ID:wBP7oi3j0
的場

そんな奴おったな

16: 2016/12/04(日) 16:56:57.18 ID:PCnT0ZJb0
150km超えで脱臼するなら納得だがグラブ投げつけて脱臼って・・

32: 2016/12/04(日) 17:36:39.97 ID:RLdV+mPy0
>>16
ハイタッチして脱臼するレジェンドもいるんやで

38: 2016/12/04(日) 17:40:35.68 ID:GyQFKBes0
>>32
門田は脱臼癖あったんや

21: 2016/12/04(日) 17:10:44.78 ID:/3UN3uCd0
いいコーチになるんじゃネ

23: 2016/12/04(日) 17:14:01.87 ID:0rx3hfQF0
聞いたことない人だけど読んだらかなり興味深い話だった

24: 2016/12/04(日) 17:15:57.65 ID:PfCbd73/0
グラブを投げつけるのはOK、脱臼はNG
下柳が言うと説得力あるじゃん。



25: 2016/12/04(日) 17:18:41.55 ID:vf19DWw60
出る杭にすらなれなかった
ドラ1だし二軍で中途半端に打つからなかなかクビにならなかったね

26: 2016/12/04(日) 17:22:45.47 ID:3EC6eIjP0
脱臼したのはもうちょいで一軍定着できるかもってタイミングだったからな
当時の阪神外野陣は俊足はいたが強肩は希少だったから本当に勿体無かった

27: 2016/12/04(日) 17:25:03.38 ID:3EC6eIjP0
第二の人生で成功して欲しい
塩谷みたいなのは勘弁

28: 2016/12/04(日) 17:28:00.14 ID:8x530dNd0
これだけわかりやすく噛み砕いて話せて教えられるっことはいいコーチになるんじゃないの?

30: 2016/12/04(日) 17:32:51.46 ID:xRsgiIrQ0
宮本は握り易いように捕る、
鷲掴みでも投げられるように練習するとか言ってたわ。

33: 2016/12/04(日) 17:37:21.32 ID:FQ+pIORJ0
こいつずっと二軍だったから下柳のグローブ叩きつけみてないんだろ

34: 2016/12/04(日) 17:37:23.33 ID:xRsgiIrQ0
「的場 上原撃てる」で1面!?

99年阪神タイガースドラフト1位の的場寛一が、メディアの恐ろしさを知ったのは、入団会見直後のことだった。

12月15日、ドラフトで指名された8選手が甲子園球場と合宿所を見学している。

「新聞記者の人から“甲子園どうですか?”って聞かれたので“もう素敵ですね”と。
また別の記者が“こんなところで左中間真っ二つのツーベースとか打ったらいいですよね”と話しかけてきたんです。そりゃそうですよねと相づちを打った」

すると??。

翌日の『デイリースポーツ』紙の一面には甲子園球場に立つ的場の写真に〈いきなりイメージわいた 的場 上原撃てる〉という見出しが踊っている。

〈「一番、ショート・的場」。場内アナウンスを受け、緊張の甲子園初打席に立つ。マウンド上には、宿敵・巨人の上原が…。
20勝投手の初球は真っすぐ。的場の打球は、快音を響かせた。弾丸ライナーで、あっという間に左中間フェンスに達していた。
「左中間を真っ二つ。悠々の二塁打でしたよ」
 的場は、スコアボードを眺めながらニッコリ笑った。宿敵を打ち砕いた“甲子園初打席初安打”。
約二秒間のイメージだったが、的場はプロとして生きていく姿を、しっかりと頭に描いていた〉(99年12月16日付)

的場とIBAFワールドカップ日本代表で同僚だった上原浩治は、前年に読売ジャイアンツに入り、20勝4敗という好成績を残していた。
的場は記者に上原と対戦して二塁打を打ちたいなどと話していない。全く違う内容の記事となっていたことに呆れていた。

35: 2016/12/04(日) 17:38:19.25 ID:xRsgiIrQ0
突然の広報からの連絡

さらに??。
正月、尼崎の実家に滞在していた的場の電話が鳴った。相手は阪神の広報担当者だった。

「元旦か2日だったと思います。大学が休みだったんで、ゆっくりしていたわけですよ。
そうしたら“的場君、1月4日空いている?”と。自主トレ風景を撮影したいので、形式的に甲子園で練習して欲しいっていうんです」

いやいやいや、と的場は一度は断った。しかし、広報の説得で“自主トレ”をすることになった。

「ぼく、そのとき布団の中にいたんですよ。全然身体、動かしてなかったです。
えらいこっちゃと、ボーイズ(リーグ時代)の友だちに連絡して、“ちょっと手伝ってくれへんか”と」

翌日の『デイリースポーツ』紙の記事はこうだ。

〈真冬とは思えないポカポカ陽気の中で「我が庭」となる甲子園球場の感触を存分に味わった。
ランニング、キャッチボール、ペッパーと軽くこなし、約1時間で「甲子園独占自主トレ」をフィニッシュ。
「人がいなかったから寂しかったですよ」というジョークも目は笑っていなかった。
野村監督が今季に勝負をかけるように、的場もこのプロ1年目に自身の未来を見据えていた〉(2000年1月5日付)

ドラフト1位、期待の新人選手が自ら志願し甲子園で自主トレを始めたという調子である。
 的場はこう振り返る。

「内野には入れなかったんですよ。ファールゾーンと外野芝生は使ってもいいよと言われて。
でも、友だちと二人でやれることなんか、知れてますよね。
キャッチボール、ペッパー、トスバッティング、バッティングはできない。もうええの?っていう雰囲気で終わりました」

36: 2016/12/04(日) 17:40:08.88 ID:xRsgiIrQ0
2月、春のキャンプが始まると的場は自分に対する先輩選手たちの対応がよそよそしいことに気がついた。

「ファン感謝デーのとき、ぼくについての質問があったらしいんですけれど、“大卒と言っても所詮アマチュアやから1年目は苦労すると思う”っていうコメントばっかりなんです。
俺、なんか悪いことしたかなぁと思ってました」

端正な顔立ちをした的場は、監督の野村克也から「ジャニーズ系」と称されていた。
地元尼崎出身、見栄えのいい的場は、関西のメディアにとっては恰好の取材対象になっていた。

「関西と九州って温度差があるんです。関西のスポーツ紙にはぼくの記事が一杯出ていたらしいんですけど、
(大学生活を過ごしている)九州では出ない。甲子園で志願の自主トレしたりとか、生意気な奴が入って来たと思われていたんです。
先輩たちに挨拶したら、どうも風当たりが強い。そこで気がついたんです」

以降、的場は報道陣と距離を置くようになった。

「何かを質問されても、そうですねと同意しない。一旦否定して、自分の言葉で言い直さないといけないことを学びました」

37: 2016/12/04(日) 17:40:20.50 ID:KPFMtauT0
1年目キャンプで初のフリー打撃した時
後ろで見守ってた阪神OB達が「これがドラフト1位?」「逆指名でこの程度しかいなかったのか」
とボロクソ言ってたのが東スポかゲンダイに載ってた

43: 2016/12/04(日) 18:24:41.70 ID:Ynr5Z/IL0
ウエスタンでは結構打っていたよな

49: 2016/12/04(日) 18:41:07.82 ID:v7LOogrf0
読んでいて下柳の発言に違和感を感じたが
俺だけじゃなくて良かった