1: 名無しさん@おーぷん 2015/11/13(金)11:06:41 ID:SAv
今季はケガで長期離脱も現役続行へ
11月10日、静岡県草薙総合運動場の硬式野球場で開催されたプロ野球12球団合同トライアウト。
参加選手のほとんどが私服でやってくる中、その人は阪神のタテジマのユニホームに身を包んで、朝8時過ぎに選手受付場所へ現れた。
今回の受験者47人中、最年長の加藤康介投手(37歳)である。
加藤投手は2000年のドラフトで逆指名、日本大学から2位で千葉ロッテに入った。
07年3月に金銭トレードで移籍したオリックスからは在籍2シーズンで戦力外を告げられ、トライアウトで声がかかった横浜(現・横浜DeNA)の秋季キャンプに参加して入団。
翌10年に再び戦力外となり、今度はトライアウトを受けずに移籍が決まった阪神での活躍は、まさに不死鳥のようだった。
ところが昨年は夏に腰を痛め、今季は右股関節痛で長期離脱を余儀なくされた。
7月に昇格したものの1軍登板は6試合のみで、10月に入ってすぐ自身3度目の戦力外通告を受ける。
球団からは自由契約以外の選択肢も提示されたと推測するが、本人は「もう既に答えは決まっていた」と現役続行の意向を伝えている。
オファーを勝ち取りに行った8球
そして迎えた合同トライアウト当日、地元の方々や清水市立商業高校時代の先輩、同級生も駆けつけ、さらにこれまでの感謝を込めて声援を送る阪神ファンの前で、渾身の8球を投じた。
結果は見逃し三振、セカンドゴロ、センターフライの3者凡退。
マウンドをあとにする際もまた、大きな拍手が背中に降り注ぐ。
登板後はテレビや新聞、雑誌などの取材が延々と続いたのは言うまでもない。
どんなことを思って投げた?
「最後になるかもしれないので、みじめな部分は見せられないし、地元でもあるから情けない姿を見せたくない。
応援してくださった方の期待を裏切ることはしたくなかった。最後に地元で、この年で受けるトライアウトが静岡というのも縁なのかなと思って、プラスに考えながら」
その結果には「投げるまでに自分の中でいろんな葛藤があって、もしかしてダメなんじゃないかとか考えたりしました。
1球投げるまで何とも言えない感じだったんですけど、終わってみて気持ちの中でスッキリしたところもあります。それなりに出せた、やりきったという思いです」と、言葉通りの爽やかな笑顔を見せる。
とはいっても「最後が地元で」「スッキリした」という言葉が少し気になり、トライアウトから1日経って再び話を聞いてみた。
心のどこかに“締めくくりをしよう”という思いがあったのか、と。
すると「終わるために行ったわけじゃない。そこは間違いないです。オファーがあれば、それを勝ち取りたいと思っています」と即答だった。
「オファーがなかったとしたら最後になるかもしれないので、悔いは残したくないという思いは強いです。だから今ある一番の、100%を出したかった。それくらい僕は懸けていた。
周りはそこで終わりと思うかもしれませんが、それだけの思いでやってきました。でなければ勝ち取れないから」
死力を尽くしたという自信も伝わる。

2: 名無しさん@おーぷん 2015/11/13(金)11:08:36 ID:SAv
グラウンド外でも怠らない準備
今シーズンの大部分を鳴尾浜で過ごした加藤投手。
猛暑の中で走り、投げ、汗を流すベテラン左腕は、グラウンドを引き揚げてからも長い時間をかける。
ケガの怖さを知っているからこそ、体のケアやウエートトレーニングは欠かさないのだ。
もちろん年齢を重ねたことで、疲労回復も大切な仕事である。試合で投げようが、出番なく終わろうが、費やす時間の長さは変わらない。
合同トライアウトの3日前、いつも通り朝から鳴尾浜で練習をする加藤投手の帰りを待っていた。
お昼過ぎに建物内へ入ったので、14時くらいには出てくるかな、と。
ところが15時になっても16時になっても姿が見えず、これは気づかない間に帰ってしまったと諦めかけたら…外が暗くなった18時前に現れた。
トライアウトに向け、おそらく最後のケアをしていたのだろう。
準備であれ本番であれ、常に全力の人である。
鬼気迫る投球の原点『一日一生』
加藤投手が初めて参加した2008年11月の合同トライアウト(ベイスターズ球場)も見ていた。
今から7年前の堂々たる投げっぷりがよみがえる。
きっと働き場所があるに違いない、そんな予感もした。
しかし本人は「あの時、ブルペンで膝がもうどうしようもないくらい痛くて…。だから痛くない投げ方を探していた」と言う。
「そうやって出ていったんだけど、マウンドに上がったら、もう抑えが利かなくて。
『これが最後になるかもしれない』と思ったら、そうはいかなくなりました。全力で投げた。そしたら不思議と膝の痛みもなくなったんですよ」と振り返る。
これが鬼気迫る投球の原点。ひとつの瞬間にすべてを懸けてきた、加藤康介というピッチャーなのだ。
「何でもそうですが、たとえばケガをして、もうあすから野球ができないという可能性もある。
その日その日を悔いなくやりたいし、悪い結果になったりもしますが、とにかく自分の中で、その日を大事に送っていくことが大切と思っています」と説明してくれた座右の銘『一日一生』にも通じる。
静岡で「もっとできると思えた」
7年前と比べて「緊張感はどちらも同じですが、今回は自分でも、どうなるんだろう?とかいろいろな思いがあって、何とか応えたいという気持ちが強かった。
どこかに声をかけてもらうためにはマイナスの部分は見せられないし。7年前は自分のいいところさえ出せれば、というだけだったけど。今回は年齢なども踏まえたうえで確実に、かなりのプレッシャーはありました」と、
微妙な違いについて言葉を選びながら話した。
わずか8球ではあるものの「可能性を感じました。勝手な思い込みですが、これまで向かい風だったのが、静岡に行って追い風に変わったような気がして。
悔いなくやれたし、もっとできると思えた。良かったです」とうなずく。
来年38歳を迎えるサウスポーの、終わらない挑戦をまだ見ていたい――。
筆者 = 岡本育子
http://m.sports.yahoo.co.jp/column/detail/201511120006-spnavi?p=1
3: 名無しさん@おーぷん 2015/11/13(金)11:12:02 ID:tv3
受かって欲しい
4: 名無しさん@おーぷん 2015/11/13(金)11:16:00 ID:ya4
左腕中継ぎ不足の球団は獲得して、どうぞ
5: 名無しさん@おーぷん 2015/11/13(金)11:16:22 ID:5C3
プロアマ規定をぶっ壊せたらセカンドキャリア問題解決出来るんだけどなあ
6: 名無しさん@おーぷん 2015/11/13(金)11:27:38 ID:aJ9
三凡したんか
取るとこありそう
取るとこありそう
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